はじめに
変化の激しい現代において、経理部門は単なる数字の管理から、組織全体の戦略を支える重要な役割へと進化しています。しかし、労働人口の減少、DX推進、経営環境の不確実性など、経理部門を取り巻く環境は厳しさを増しています。こうした状況下で、経理部門がその潜在能力を最大限に発揮し、組織の成長に貢献するためには、ノウハウの共有と業務効率化が不可欠です。
そこで本コラムでは、経理部門の潜在能力を最大限に引き出すためのノウハウ共有の仕組みづくりと業務効率化について、CFOが主導すべき戦略的なアプローチを解説します。
経理部門を取り巻く環境変化とノウハウ共有の重要性
現代の経理部門は、以下のような様々な課題に直面しています。
- 労働人口の減少と人材不足
日本の労働生産性は先進国の中でも低く、労働人口も減少の一途をたどっています。特に経理部門では、会計ルールの高度化により、専門知識を持つ人材の獲得が困難になっています。これは、リーマンショック以降、企業がバックオフィスへの人材投資を抑制してきたことも一因と考えられます。優秀な経理人材の育成と確保は、今後の大きな課題です。 - 対応領域の高度化
サステナビリティ情報の開示やコーポレートガバナンスの強化など、開示制度は常に変化しています。また、インボイス制度や電子帳簿保存法への対応、DX推進など、現在の経理部門には幅広い知識と対応力が求められています。これまでの税務・会計知識に加え、ITリテラシーや業務プロセス改善の知見も必要とされています。 - 経営情報の充実への要請
VUCA時代と呼ばれる現代では、経営環境が急速に変化し、不確実性が高まっています。経営者は迅速な意思決定を求められ、経理部門にはリアルタイムな経営情報の提供が期待されています。同時に、コスト削減の圧力も強まり、経理部門の効率化は喫緊の課題となっています。 - 属人化のリスク
コスト削減のため少人数で業務を遂行してきた結果、一人ひとりの業務範囲が広がり、業務が属人化しやすい状況が生まれています。長年の経験によって蓄積されたノウハウは暗黙知となり、担当者が交代すると業務効率や品質が低下するリスクがあります。
これらの課題に対応するためには、個々の担当者が持つ知識や経験を組織全体で共有し、属人化された業務を標準化することが不可欠です。
経理業務における暗黙知とそのリスク
経理部門は、企業の財務情報を管理する重要な役割を担っています。しかし、長年の業務経験によって蓄積されたノウハウや知識は、往々にして個人の頭の中に蓄えられ、組織内で共有されない「暗黙知」となりがちです。この暗黙知の放置は、様々なリスクを引き起こし、組織の成長を阻害する要因となり得ます。
暗黙知を放置するリスク
- 引継ぎ時の業務非効率化・品質低下
業務プロセスやルールが可視化されていない場合、担当者交代時に引継ぎがスムーズに行えず、決算スケジュールに遅延が生じる可能性があります。また、処理方法の違いにより、決算の修正や監査での指摘事項が発生するリスクもあります。 - 組織の硬直化
暗黙知の蓄積は、担当者の交代やローテーションを困難にし、組織の硬直化を招きます。担当者が他の仕事に挑戦する機会が失われ、組織全体の成長が阻害される可能性があります。
これらのリスクは、放置すれば放置するほど深刻化し、組織全体のパフォーマンスを低下させるだけでなく、予期せぬトラブルや損失を招く可能性も高まります。では、具体的にどのようなノウハウや業務が暗黙知となりやすいのでしょうか。次に、その具体的な内容について解説します。
暗黙知となりやすいノウハウ
- 業務処理プロセス・処理手順
情報の入手ルートや処理手順が可視化されていない場合、業務が属人化しやすくなります。例えば、仕訳を起こすためのデータがどこからどのように入手されるのか、どのような加工を経て会計システムに入力されるのか、といった一連の流れが明確になっていないケースが挙げられます。 - 過去の判断経緯を含む会計における見積項目のロジック
固定資産の減損会計や資産除去債務の計上など、会計上の見積もりに関する判断経緯が記録されていないと、引継ぎや業務のシェアが困難になります。例えば、過去の減損損失の計上において、どのような前提で事業計画を策定し、将来キャッシュフローを算定したのか、といった情報が不足していると、同様の状況が発生した際に判断に迷う可能性があります。 - 計上・残高チェックの視点
伝票チェックや残高チェックの効率的な方法が暗黙知となっている場合、担当者によってチェックの精度や効率がばらつく可能性があります。例えば、ベテラン担当者は経験に基づき、特定の勘定科目や取引先を重点的にチェックしているかもしれませんが、そのノウハウが共有されていないと、他の担当者は非効率なチェックを行う可能性があります。 - 取引特性の理解
事業部門からの相談対応など、特定のメンバーにノウハウが偏ってしまうことがあります。例えば、新しい取引が発生した場合、過去の経験を踏まえて適切な会計処理を判断できる担当者は限られているかもしれません。 - 業務ボリューム・進捗状況
業務の全体像や進捗状況が担当者の経験に依存していると、客観的な管理が難しくなります。
業務の属人化を防止するためのポイント
暗黙知を形式知化し、組織全体で共有するためには、単に情報を開示するだけでなく、課題に合わせた具体的な対応策を講じる必要があります。 以下の課題における対応策は、組織全体の知識レベルを向上させ、業務効率と品質を向上させるために効果的と考えられます。
課題 | 対応策 | |
---|---|---|
1 | 業務処理プロセス・処理手順 | ITソリューション活用、マニュアル化 |
2 | 見積項目ロジック | 論点整理表の作成 |
3 | 計上・残高チェックの視点 | ワークシート整備、閾値の制定、ツール整備 |
4 | 取引特性の理解 | 現地訪問・対話による現場理解の促進 |
5 | 業務ボリューム・進捗状況 | 年間・月間スケジュール、業務一覧作成 |
具体的にどのような対応を行えばいいのか、以下に詳しくご紹介します。
ITソリューションの活用とマニュアル化
ERPパッケージやワークフローシステムの導入により、情報入手ルートを定型化し、業務を自動化します。システム化が難しい業務は、ビジュアルで分かりやすく、検索性が高く、統一フォーマットのマニュアルを作成し、ノウハウを共有します。さらに、業務フロー図を作成することで、業務の流れを可視化し、理解を深めます。
論点整理表の作成とデータベース化
会計上の見積もりや会計論点の検討経緯を記録した論点整理表(ポジション・ペーパー)を作成し、ノウハウを蓄積します。さらに、過去の判断事例をデータベース化することで、類似の事象が発生した際に迅速に対応できる体制を構築します。
ワークシート整備、閾値の制定、ツール整備、チェックリストの作成
エクセルワークシートの改善や、チェック作業の閾値を設定し、業務の標準化と効率化を図ります。また、分析ツールを整備し、残高チェックの精度を高めます。さらに、チェックリストを作成することで、抜け漏れのないチェック体制を構築します。
現地訪問・対話による現場理解の促進、取引事例の共有、社内研修の実施
事業部門との対話や現場訪問を通じて、ビジネス理解を深め、取引特性に応じた適切な処理方針を提示できるようにします。また、過去の取引事例を共有し、社内研修や業務ローテーションを実施することで、組織全体の知識向上を図ります。 特に分析等の結果について、事業部門との対話をすることは、事業部門と経理部門の一体的な運用に有益です。
年間・月間業務スケジュールと業務一覧作成、タスク管理ツール導入
業務の全体像と進捗状況を可視化し、客観的な管理を可能にします。タスク管理ツールなどを導入することで、進捗状況をリアルタイムに把握し、適切なリソース配分を実現します。
さいごに
CFOは、経理部門の潜在能力を最大限に引き出すために、ノウハウ共有の仕組みづくりと業務効率化を戦略的に推進する必要があります。本稿で紹介したノウハウが、経理部門の潜在力を最大限に引き出し、組織全体の成長に貢献することに繋がる事を願っております。